-----取り上げた本-----------------------------
「生き方上手」 日野原重明 著
ユーリーグ株式会社
著者は、聖路加病院名誉院長
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読後の一言。
生きることが楽になった。
そう感じました。
私たちは、忙しい毎日を送っています。
職場でのやり取り。売り上げ確保。利益追求。
或いは、リストラ、職探し。
子育て。近所付き合い。家計のやりくり。トラブルの処理。
世の中には嫌な事が多く起こっています。
幼児虐待。殺人。汚職。
イラクの爆弾テロ。戦争。
忙しさだけでなく、不安や悩みも心のどこかに宿っています。
病気であれば、わが身のつらさ、痛さ、不安などで精一杯で、世間の出来事など二の次です。
お釈迦様の「生老病死」とはよく言ったもので、人はやがて老いて病んで死に行くものです。
老いなくても、病や事故で死ぬこともあります。
そんな毎日の中で、ふと、幸せってなんだろう、生きているって、死ぬって何だろう、と考えるときがあります。
でも次の瞬間、いつもの世界に戻っています。
そんな中で、この「生き方上手」は、本当に平易な言葉で、静かに、穏やかに、語りかけてきて、うーん、なるほどねー、と気付かせ、感動させてくれました。
◆-------- 希望の中に生きたい。幸福はそこにあるからです。-------◆
「死が近い人たち、絶望の淵にある人たちに希望を与えることは出来ない
ものかと、私はホスピスでの回診にことのほか心を砕きます。
」 「深刻ながんで聖路加病院に入院していた母親の病室を、ふだんはもたないような大きなバッグをかかえて娘さんが見舞いに来ました。婦長さんはその様子を見るやピンと来たようですが、とがめもせず、気づかないふりをしました。
バッグの中身は、持ち込み禁止の"犬"だったのです。
入院以来、可愛がっていたペットにふれることもできない母親に、せめて一晩だけでもペットを抱かせてあげたいと、娘さんは思いついたわけです。無論、犬が吼えればそれまで。
決死の覚悟の見舞いだったことでしょう。
しかし、まちがいなく、死に瀕して絶望していたお母さんの心に希望を与えたはずです。
そんな娘をもったことを、母親はどんなにうれしく思ったことでしょう。
」 ここで、私はうーん、とうなりました。
母親は何に希望を感じたのでしょうか。
私なりに考えました。
・可愛いペットに触れられたこと。きっと暖かく、いとおしかったでしょう。
・そんな心遣いの娘が自分にいること。そのいること自体がうれしかったでしょう。
・一方で、死に行く自分を感じていること。でも、このような娘や家族に恵まれて、良かったこと。
・自分の生はそれらを通じて価値があったこと。
母親は、自分の人生、娘、そして、死を肯定したのではないでしょうか。
「心の平静は、避けようの無い災難によってしばしば脅かされます。
人はそれを不運、不幸とよびますが、本当の不幸は災難それ自体を言うのではなく、災難を契機に、一切の望みをもてなくなってから始まるのです。
フランクルは(第2次世界大戦中のドイツナチスの)強制収用所で、妻子も失い、死んだほうがましだと思える極限状況を生き抜いた末に、『収容所に入れられたのは不幸であったが、なおも私はしあわせだった』といいました。
人間は本来どんな不幸にも耐えることが出来る、さらには逆境のもとで幸せを実感することも可能だ、と私も思います。
ひとえに希望のなせるわざです。
希望とは可能性を信じること。」
◆--------人生、長生きしてもいいもんだ。-------◆
著者、日野原さんはゆうに4,000人を超える患者さんを看取っときたそうです。
その著者が語る言葉一つ一つが薀蓄に富んでいます。
ランダムに取り上げてみました。
「人はひよわいからこそ、寄り添って生きることが出来ます」
「悲しみの体験が、人をやさしくする」
「人はいくつになても生きかたを変えることができます」
「老いとは衰弱でなく成熟すること」
「死ぬ瞬間まで現役」
「ありがとうの言葉で人生をしめくくりたいもです」
「医師のあなたへ。その患者さんがあなたの大切な人でも手術をしますか」
まだまだありますが、このへんでおいときます。
著者は2000年に「新老人運動」を旗揚げしたそうです。
「年寄りにしか出来ないこと、年寄りだからこそ出来ることを、年寄りの使命として、年寄りの手で実現させようという運動です。
」入会資格は、75歳以上の方らしいです。
ちなみに、日野原さんは、1911年生まれの、93歳。
今でも聖路加病院の名誉院長として活躍しています。
読後感もう一つ。
人生、長生きしてもいいもんだ。
職場でのやり取り。売り上げ確保。利益追求。
或いは、リストラ、職探し。
子育て。近所付き合い。家計のやりくり。トラブルの処理。
世の中には嫌な事が多く起こっています。
幼児虐待。殺人。汚職。
イラクの爆弾テロ。戦争。
忙しさだけでなく、不安や悩みも心のどこかに宿っています。
病気であれば、わが身のつらさ、痛さ、不安などで精一杯で、世間の出来事など二の次です。
お釈迦様の「生老病死」とはよく言ったもので、人はやがて老いて病んで死に行くものです。
老いなくても、病や事故で死ぬこともあります。
そんな毎日の中で、ふと、幸せってなんだろう、生きているって、死ぬって何だろう、と考えるときがあります。
でも次の瞬間、いつもの世界に戻っています。
そんな中で、この「生き方上手」は、本当に平易な言葉で、静かに、穏やかに、語りかけてきて、うーん、なるほどねー、と気付かせ、感動させてくれました。
◆-------- 希望の中に生きたい。幸福はそこにあるからです。-------◆
「死が近い人たち、絶望の淵にある人たちに希望を与えることは出来ない
ものかと、私はホスピスでの回診にことのほか心を砕きます。
」 「深刻ながんで聖路加病院に入院していた母親の病室を、ふだんはもたないような大きなバッグをかかえて娘さんが見舞いに来ました。婦長さんはその様子を見るやピンと来たようですが、とがめもせず、気づかないふりをしました。
バッグの中身は、持ち込み禁止の"犬"だったのです。
入院以来、可愛がっていたペットにふれることもできない母親に、せめて一晩だけでもペットを抱かせてあげたいと、娘さんは思いついたわけです。無論、犬が吼えればそれまで。
決死の覚悟の見舞いだったことでしょう。
しかし、まちがいなく、死に瀕して絶望していたお母さんの心に希望を与えたはずです。
そんな娘をもったことを、母親はどんなにうれしく思ったことでしょう。
」 ここで、私はうーん、とうなりました。
母親は何に希望を感じたのでしょうか。
私なりに考えました。
・可愛いペットに触れられたこと。きっと暖かく、いとおしかったでしょう。
・そんな心遣いの娘が自分にいること。そのいること自体がうれしかったでしょう。
・一方で、死に行く自分を感じていること。でも、このような娘や家族に恵まれて、良かったこと。
・自分の生はそれらを通じて価値があったこと。
母親は、自分の人生、娘、そして、死を肯定したのではないでしょうか。
「心の平静は、避けようの無い災難によってしばしば脅かされます。
人はそれを不運、不幸とよびますが、本当の不幸は災難それ自体を言うのではなく、災難を契機に、一切の望みをもてなくなってから始まるのです。
フランクルは(第2次世界大戦中のドイツナチスの)強制収用所で、妻子も失い、死んだほうがましだと思える極限状況を生き抜いた末に、『収容所に入れられたのは不幸であったが、なおも私はしあわせだった』といいました。
人間は本来どんな不幸にも耐えることが出来る、さらには逆境のもとで幸せを実感することも可能だ、と私も思います。
ひとえに希望のなせるわざです。
希望とは可能性を信じること。」
◆--------人生、長生きしてもいいもんだ。-------◆
著者、日野原さんはゆうに4,000人を超える患者さんを看取っときたそうです。
その著者が語る言葉一つ一つが薀蓄に富んでいます。
ランダムに取り上げてみました。
「人はひよわいからこそ、寄り添って生きることが出来ます」
「悲しみの体験が、人をやさしくする」
「人はいくつになても生きかたを変えることができます」
「老いとは衰弱でなく成熟すること」
「死ぬ瞬間まで現役」
「ありがとうの言葉で人生をしめくくりたいもです」
「医師のあなたへ。その患者さんがあなたの大切な人でも手術をしますか」
まだまだありますが、このへんでおいときます。
著者は2000年に「新老人運動」を旗揚げしたそうです。
「年寄りにしか出来ないこと、年寄りだからこそ出来ることを、年寄りの使命として、年寄りの手で実現させようという運動です。
」入会資格は、75歳以上の方らしいです。
ちなみに、日野原さんは、1911年生まれの、93歳。
今でも聖路加病院の名誉院長として活躍しています。
読後感もう一つ。
人生、長生きしてもいいもんだ。


