五木寛之式を垣間見る
国民病の腰痛に対処できるか
作家・五木寛之氏の筋金入り腰痛
現在、腰痛人口は1000万人以上に昇ると言われています。
まさに国民病とも言えそうです。
作家・五木寛之氏も永年の相当な腰痛持ちです。
「養生の実技=つよいカラダでなく」(角川書店)で、その辛さ、腰痛歴、ひいては、腰痛との付き合い方まで述べています。
国民病の腰痛に対処できるか
作家・五木寛之氏の筋金入り腰痛
現在、腰痛人口は1000万人以上に昇ると言われています。
まさに国民病とも言えそうです。
作家・五木寛之氏も永年の相当な腰痛持ちです。
「養生の実技=つよいカラダでなく」(角川書店)で、その辛さ、腰痛歴、ひいては、腰痛との付き合い方まで述べています。
その腰痛との付き合いは凄まじく、読んでいて、悲壮感、最後は「他力」という思想にまで達して行きます。途中、その「報告」はユーモアまで感じさせます。
五木氏の腰痛が始まったのは14歳の頃。
敗戦後、外地から帰った田舎は、福岡県と熊本県の県境の村で、棚田が段々と並んでいる集落でした。
農繁期の農業実習のとき、長時間の田植えをしたり、草を取ったり、稲刈りをしたりなど、長時間の中腰作業をやることになった訳です。
腰痛防止。「腰は折らずに落とす。膝は曲げてゆるめる」
「この中腰というものが曲者なのだ」
私は膝をまっすぐにのばしたまま、ほとんど直角に上体を深く折る姿勢をとっていた。これは腰にとってはもっとも負担のかかるポーズである。支点となっている腰の一ヶ所に、頭と上体全部の重さが集中するからだ。
私はたちまち腰をやられて、立つことも、歩くこともできない始末だった。
しかし、農村育ちのほかの同級生たちは、腰を曲げたまま平気で作業を続けているではないか。一体何故だろう?
真剣に観察していると、少しわかってきたことがあった。彼らは皆、腰を曲げるというより、腰を落とす感じで働いている。しかも腰を落とすと同時に、膝をやわらかくゆるめているのだ。
膝をゆるめる角度が深ければ深いほど、上体を曲げる角度が小さくてすむらしい。
「腰は折らずに落とす」
「膝は曲げて、ゆるめる」
そのことを意識して実践することで、私の悩みはいくぶん解決した。しかし、十四歳のときに初体験したこの腰痛は、その後、生涯の伴侶として私を悩ますこととなるのである。」
永年の腰痛で、五木氏は「腰痛は治らない」と結論する。
この「治らない」は、腰痛に限らず、五木氏の「養生論」の根本をなすものです。
無理に治そう、闘おうとすると、自分のほうがポッキリ折れてしまう、参ってしまうというのです。
五木氏の「養生法」は病気と折り合いをつける、屈して、しなって、萎えて、生き延びるというものです。
いろいろな健康法、養生法とは反対のことを語っているようですが、ここには「元気」で書いていた「観念」「諦念」「放念」の考え方が貫かれています。
こころの持ち方でも腰痛は治まる?
さて、この「養生の実技」を書いている時期にひどい腰痛が襲ってきたのです。
約20年ぶりのことです。
明後日にはテレビ番組の取材も兼ねた取材のため、東北へ出発することになっている。中尊寺と毛越字を訪れるのので。
靴下を履くのもやっと、クシャミガ出たら飛び上がるほど痛い、という最悪の状況です。
洗面時の腰の曲げ方、新幹線の駅での歩き方など、あれやこれやの工夫で腰痛を抱えたまま取材を何とかこなしてゆきます。
その最中で腰痛との付き合い方に触れてゆきます。
「どんな風に歩こうと、腰がきちんと定まっていないと痛みは取れない」
「腰がすわっているかどうかが最後の決め手」と語っています。
「腰をすわらせる、腰をすえるためには、まず、第一に肛門を締める。
一瞬、肛門を引き締めたらすぐ下腹部(=臍下丹田=へその下の腹部)に腹圧を移す。」
少し練習するとコツがつかめるそうです。
「腰がすわると、歩き方は、重く、滑るような歩き方になる。
それが腰痛にとてもいいのだ。」
そして、五木流の締めくくりは、「他力」に心を転じるところです。
心のあり方で腰痛も治まるということです。
「もし、取材が出来なくなったら、その時はその時いつやめてもよいのだ」と悟ったときのことです。
天がこの取材を成功させるなら取材が可能となる、反対なら取材は中止、何れも天の計らい、天命である、つまり、他力であり、わが身を他力に任せることである。
そう思った瞬間、腰痛はとても軽くなり、結局取材は無事終わったそうです。
腰痛で死ぬことは無いといいますが、その痛みはなった者でないとわかりません。
ひどい場合は、家庭や職場での行動に大きな支障を来たします。
さて、あなたの養生法はいかがなものですか。
五木氏の腰痛が始まったのは14歳の頃。
敗戦後、外地から帰った田舎は、福岡県と熊本県の県境の村で、棚田が段々と並んでいる集落でした。
農繁期の農業実習のとき、長時間の田植えをしたり、草を取ったり、稲刈りをしたりなど、長時間の中腰作業をやることになった訳です。
腰痛防止。「腰は折らずに落とす。膝は曲げてゆるめる」
「この中腰というものが曲者なのだ」
私は膝をまっすぐにのばしたまま、ほとんど直角に上体を深く折る姿勢をとっていた。これは腰にとってはもっとも負担のかかるポーズである。支点となっている腰の一ヶ所に、頭と上体全部の重さが集中するからだ。
私はたちまち腰をやられて、立つことも、歩くこともできない始末だった。
しかし、農村育ちのほかの同級生たちは、腰を曲げたまま平気で作業を続けているではないか。一体何故だろう?
真剣に観察していると、少しわかってきたことがあった。彼らは皆、腰を曲げるというより、腰を落とす感じで働いている。しかも腰を落とすと同時に、膝をやわらかくゆるめているのだ。
膝をゆるめる角度が深ければ深いほど、上体を曲げる角度が小さくてすむらしい。
「腰は折らずに落とす」
「膝は曲げて、ゆるめる」
そのことを意識して実践することで、私の悩みはいくぶん解決した。しかし、十四歳のときに初体験したこの腰痛は、その後、生涯の伴侶として私を悩ますこととなるのである。」
永年の腰痛で、五木氏は「腰痛は治らない」と結論する。
この「治らない」は、腰痛に限らず、五木氏の「養生論」の根本をなすものです。
無理に治そう、闘おうとすると、自分のほうがポッキリ折れてしまう、参ってしまうというのです。
五木氏の「養生法」は病気と折り合いをつける、屈して、しなって、萎えて、生き延びるというものです。
いろいろな健康法、養生法とは反対のことを語っているようですが、ここには「元気」で書いていた「観念」「諦念」「放念」の考え方が貫かれています。
こころの持ち方でも腰痛は治まる?
さて、この「養生の実技」を書いている時期にひどい腰痛が襲ってきたのです。
約20年ぶりのことです。
明後日にはテレビ番組の取材も兼ねた取材のため、東北へ出発することになっている。中尊寺と毛越字を訪れるのので。
靴下を履くのもやっと、クシャミガ出たら飛び上がるほど痛い、という最悪の状況です。
洗面時の腰の曲げ方、新幹線の駅での歩き方など、あれやこれやの工夫で腰痛を抱えたまま取材を何とかこなしてゆきます。
その最中で腰痛との付き合い方に触れてゆきます。
「どんな風に歩こうと、腰がきちんと定まっていないと痛みは取れない」
「腰がすわっているかどうかが最後の決め手」と語っています。
「腰をすわらせる、腰をすえるためには、まず、第一に肛門を締める。
一瞬、肛門を引き締めたらすぐ下腹部(=臍下丹田=へその下の腹部)に腹圧を移す。」
少し練習するとコツがつかめるそうです。
「腰がすわると、歩き方は、重く、滑るような歩き方になる。
それが腰痛にとてもいいのだ。」
そして、五木流の締めくくりは、「他力」に心を転じるところです。
心のあり方で腰痛も治まるということです。
「もし、取材が出来なくなったら、その時はその時いつやめてもよいのだ」と悟ったときのことです。
天がこの取材を成功させるなら取材が可能となる、反対なら取材は中止、何れも天の計らい、天命である、つまり、他力であり、わが身を他力に任せることである。
そう思った瞬間、腰痛はとても軽くなり、結局取材は無事終わったそうです。
腰痛で死ぬことは無いといいますが、その痛みはなった者でないとわかりません。
ひどい場合は、家庭や職場での行動に大きな支障を来たします。
さて、あなたの養生法はいかがなものですか。


