太長寿【特別価格】低周波治療器。肩こり、腰痛、筋肉痛、神経痛に
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医療用具として承認されています。
開発者はプロ野球やJリーグ選手、トライアスロン選手の間で著名な元スポーツ 医学研究所(現・株式会社 太長寿)の望月敏正理学博士です。この医療用具で18年間、7万人を治療してきた実績があり、信州大学工学部の中 村八束理学博士と共同研究の結果、開発に成功したものです。 2002年9月、厚生労働省から医療用具承認番号21400BZZ004114000を取得してい ます。
承認された効能効果は
「肩こりの緩和」「筋肉痛、神経痛の緩和」 「末梢神経麻痺の緩和」 「血行促進」 「疲労回復」の5項目です。 もう、あなたはこりや痛みで悩まなくていいのです。 低周波治療器「太長寿」が楽しく、明るい明日をお約束します。 | ||
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太長寿・感動の声をご紹介 太長寿の効果へ数多くの方から感動の声が寄せられています。 クリニックの医師や、スポーツ監督の方も日々使用して、その効果と速さに驚いてい ます。 ここでは、本の数例を紹介します。 | ||
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自然免疫医学療法を行った後に太長寿を活用
菅野光男院長(品川区・菅野クリニック67歳)●リウマチ、関節痛などの緩和に有効 菅野クリニックでは、薬を極カ減らし、脊髄の調整とマイナスイオン療法、ストレスを解消するイメージング、これに腸内細菌叢を改善する食事療法と免疫力を強化する健康食品を組み合わせた菅野式自然免疫医学療法を行うことで、知られる。 「最近、ストレス社会の所為か、脊髄が圧迫、硬直し、自律神経に変調をきたしている人が多くいます。 間脳や小脳、延髄などの脳幹部に栄養素や酸素が充分に運ばれず、生命力が桔渇しています。 ですから″生命回転″の反時計周りに頚椎を調整すると、自律神経が改善され、免疫力やホルモンバランスを向上することができます。 ガンやアレルギーも免疫力が関係する病気で、すべて自律神経と腸内細菌叢を改善すれば、治すことができるのです。 太長寿は8Hzがでるα波なので、私が長いこと探し求めていた″生命波動″の治療器で、疼痛を訴える患者さんに使用しています」 と菅野院長は力説する。 特にこうした統合療法を終えた後で、太長寿を患部にあて使用。 「最近では、保育園の先生でリウマチで、腕が腫れて手首の関節痛も強く、赤ちゃんを抱っこできず、縄跳びもできなかったのです。 そこで、手首や頚椎の硬くて痛い圧痛点に太長寿をあてて上げたのですが、その場で痛みが和らぎ、大変喜んでいました。 ケア用の半導体チップも貼ってあげたら、痛みがとれ、園児と遊べるようになりました。 また、肩こりで右肩が上がらない美容師さんに頚椎を調整し、太長寿で治療し、チップを貼ってあげたら、痛みが取れ、右肩が楽々上がるようになりました。 この他、太長寿は膝痛や腰痛、頚椎症などに使っていますが、即効性があり、携帯に便利なので、重宝しています」 菅野院長は、脳内神経ホルモンによってストレスを解消し、視床下部の支配下にある副交感神経を活性、さらに太長寿の8Hzによってβエンドルフィンなどの脳内モルヒネ系の分泌を誘発、免疫力を高める療法に力点をおいている。 日大体操部の選手も治療とケアに活用
梶山広司さん(日大体操部監督50歳) ●打撲や打ち身、練習後のケアに、ハンデイタイブなので便利 梶山さんは、器械体操でモントリオール五輪で、団体金メダルを獲得した。 メンバーでは、塚原、監物、加藤、五十嵐選手らで五輪5連覇という偉業を達成した。 エースの笠松選手が盲腸で欠場、一人のミスも赦されない極限下で、最後に宿敵、旧ソ連を破り、奇跡の大逆転を演じた。 今でも語り草にされる名場面だ。 梶山さんは、この時、最年少で、切り込み大将として安定した演技を見せた。 「色々、奇跡の大逆転とかマスコミで報じられていますが、別に緊張感もなく、失敗したらしようがないことで、練習したことをやればよいという淡々とした心境でした」 と梶山さんは語る。 シドニー五輪で体操が苦戦、その建て直しのため、2年間、全日本の監督を引き受けた。 アナハイムで、活躍した鹿島選手と富田選手は、梶山さんの教え子。 現在は、日大体操部の監督で、60人の学生を見守る。 「太長寿は、望月先輩から紹介され、1年前から学生たちに使わせています。 いろいろ練習中には、打撲や打ち身、ひねったりとか日常のことで、病院に運ばれる前の段階で太長寿を活用。 ハンディタイブで、携帯に便利なので、けっこう重宝しています。 特に練習後のケアが大事なので、太長寿を使ってケアしている生徒もいます。 私自身は、現役の時から、ときどき、肩こりや腰痛に悩まされることがありますので、今でもたまに太長寿を活用します。 痛みやこりが短時間で和らぎますので、助かっています」 梶山さんは、監督室に太長寿を置き、誰でも使えるように気を配っている。 病院にいっても治らない腰部脊柱障害が1週間で良くなった
吉田キヌさん(河東郡・農業63歳) ●重いものは持てず、歩くのも大変だった 吉田さんは、十勝の農家に嫁いだ。 十勝でも中堅の農家で、小麦、ビート、豆などを栽培。 夫ともに朝、早くから農場にでて、暗くなるまで農作業の日々をおくった。 その合間に食事の世話から子育て、夫の世話と、休む暇もない日課だった。 吉田さんの仕事は、トラクターに乗って、畑の土壌作りや畝造り、種蒔き、そして、農薬散布や草取り、農作物はダンプに乗って集荷。 男顔負けだった。 若い時は、何ともなかったが、40も半ばにくると、体のあちこちが痛みだし、疲れがでるようになっていた。 薬を飲んだり、病院に通ったりしながら、我慢して農作業に従事した。 「最近は、腰痛に悩まされ、帯広の病院を何件も回ったのですが、いっこうに良くなりません。 そこで、思い切って札幌の整形外科にいきましたら、腰部脊柱管狭窄症と診断されました。 診断されたのはいいのですが、その腰痛が治らないのです。 重いものは持てず、歩くにも大変なあり様で、ずっと悩んでいたのです」 と吉田さん。 辛い日々を過ごしていた頃、知人の佐藤さんから太長寿の説明会があるというので、吉田さんは早速出かけた。 「そこにいらっしやつた釣岡さんが私の体を診てくださり、背中と両脇が腫れ上がっています。 良くこれまで我慢されていましたね、と言われました。 私は自分ではどうすることもできず、辛い思いでいっぱいでした。 こんな体の私に釣岡さんは、優しく太長寿をあてて下さり、毎日、通って下さったのです」 吉田さんの容態は、日ごとに良くなり、痛みが徐々に消え、良く眠れるようになっていった。 「何と1週間もたったら、あんなに酷かった痛みが消え、休も軽くなり、やっと自分の体に戻ったのです。 まるで夢を見ているようでした。 自由に思い通りに体が動くのです。 私にとっては、この喜びは、一生の宝です。 太長寿を開発された望月先生と紹介して下さった佐藤さん、釣岡さんとの出会いに感謝しています。 この喜びを十勝で私のように悩んでいる人にお知らせしたいと思っています」 「骨盤の関節炎の痛みが取れた」
高照民さん(マカオ市・哲学家74歳) ●3年ほど前から、痛みだし、治療方法がなかった 高さんは、カトリック教会の神父さんだ。 日本に来たのはもう10年ほど前になる。 哲学家としても知られ、仏教とキリスト教の研究がライフワークだ。 中国にも10年はど滞在、寺院の高僧とコミュニケーションを重ね、叡智を探求した。 広州では、知らない人がいないほど、著名だ。 国内で滞在中は、上智大学の宿舎に泊まる。 しかし、3年半ほど前から、骨盤の付近が痛み始め、歩くのが辛い状態に陥ってしまった。 「病院にいったら、原因が不明と言われ、痛み止めの薬を飲んでいました。 別な病院に行ったら、X線で調べられ、骨盤の軟骨が磨り減ったことから起こる関節炎と診断されました。 治療方法はなく、痛いのを我慢している状態で、もう痛みに慣れ、痛みのないことがどういうことか解らなくなりました」 高さんは、一流のジョークで応えてくれたが、痛みは相当酷いようだ。 そこで、教会にくる教え子から、痛みがとれる凄い装置を紹介された。 それが太長寿だった。 高さんは、教え子に頼み、新宿にある友人のところで、太長寿での治療を受けて見ることにした。 腰の痛むところは、背骨付近に7、8カ所、骨盤がある左腰から腎部にかけて、10ケ所くらいあった。 1ケ所1分、20分以上、太長寿を打ってもらった。 「打ってもらっている時は、大分ピリピリきましたが、終わった後、確かに痛みがとれ、大分楽になれました。 もう歩いても痛みはなくなりました。 驚いたことに新宿から東京駅に着いたころには、もっと良くなっており、痛みを感じなくなりました。 私は、とてもハッピーです。 次の日の夕方になっても、痛みが和らいでおり、このマシーンは、素晴らしいですね」 高さんは、温和な顔をますます温和にジョーク混じりに語ってくれた。 |



